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涙で溺れそう [レッドの物語]

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写真 野幌森林公園 2008年2月 

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 以下は、フィクションです。

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 小さなライブハウスの中は、思ったよりもたくさんのお客さんが入っている。半分はもう何十年も札幌でジャズピアノを演奏している良さんのファンなんだけど、残りはわざわざこの日のために3時間をかけて雪の中を車で札幌まで応援に来てくれた人達。あたしの働いている老人施設の事務長さん、パートのおばさんや栄養士さんもいる。素敵なピアニストを紹介してくれた仕事帰りに寄るわたしの町の唯一のジャズバーのマスター、高校時代のバンド仲間達。あたしがこうしてまた歌いだす勇気と元気をくれた素敵な仲間達だよ。そして、一番後ろの方には目立たないようにしているけど、バレバレの父親もいる。いつもなら「何やってんだよ。」と大声で手をふるところだけど、一生懸命にばれないようにしているかわいらしさに免じて、許しちゃうよ、おとうさん。

今日あたしは、こうしてあたしの働いている老人施設でのあだ名そのままに赤い髪の「レッド」として、再びステージに立つ。

 良さんのピアノが転がるように鳴って、「涙があたしの目から溢れ出るよ。・・」と歌いだす。古い有名なR&Bの曲。この歌の歌い出しはとても難しくて緊張するけど、どうしてもこの歌で始めなくちゃならない理由がある。今でも大好きなショウのためにこの歌を歌おうと思ったのだから・・。

 大好きなショウ、あたしは心の限りに歌うよ。

 高校出てすぐ家を飛び出して、札幌のライブハウスであんたのステージを見た。ショウのギターは荒削りだけど、素敵だったし、何よりもショウ、あんたを直ぐに好きになった。

 大好きなショウ、あんたは夢を叶えるために東京に行くと言った。あたしはあんたの夢にあたしの全てを賭けてみようと思い、一緒に東京に行った。もっとカッコいい生活や刺激を求めたっていう軽いのりもあったしね。あたしはあんたの夢をささえるために歌うことを諦めて、昼はスーパーで働き、夜はライブハウスで働いた。あんたは狂ったように昼間はギターの練習をし、夜はあっちこっちのセッションに武者修行に行ったよね。あの頃のあんたは本当に輝いていたよ。

 でも、ショウ、かわいそうなショウ・・。あんたは直ぐに壁にぶつかった。テクニックでは乗り越えられない何かをあんたは捕らえられなかった。早弾きで音数を増やしたり、派手なテクニックでは、本当のブルースは演奏できない。何かが違っていたよ。あたしは思った。ドラムのシンバルが呼び、ベースが答える。そしてオルガンが歌いだしてギターが駆け巡る・・。バンドとして大事なコール・アンド・レスポンス。そして全体の音がうねり出して怒涛のようなファンキーを作り出す。それが大事なことなんだってね。でも、ショウ、あんたはあたしの意見など聞く耳を持たなかったし、段々と回りに対して批判ばかり言うようになり、酒の量も増えていったよね。やがて、あたしの稼ぎでは酒代を賄えなくなって、次々とあんたは借金を増やしていく。そして、借金取りから追いまくられて喧嘩騒ぎを3回もおこす始末だった。

 痛いよ、ショウ、あの頃のことを思い出すと今でも心が痛む。輝けないあんたを見るのは本当につらかった。だからあたしは決心したんだ。あたしがいるから、そしてあたしが中途半端に支えようとするから、あんたはダメになるんだって気がついた。だから、もうこんな生活は続けられないってね。本当に心が裂けそうだったけど、どんどん落ちていくあんたをこれ以上、見ていられなかった。輝きを失っていくあんたをこれ以上は・・・。弱気なあたしの心に気合をぶち込むために、あたしは髪を真っ赤に染めた。この髪の色のように心を赤く燃やして、あんたに別れを告げ北海道の田舎町に帰ることにしたんだ。結局は東京にはじき出されたってことなんだろうなぁ。

 「あんたと会えないのなら、あたしの涙は止まらない。・・・」そう歌うと、良さんのピアノが波音のように揺らぎ出す。そう、あたしは一度だってあんたを忘れたことはない。そして今だって、会いたくてたまらない。一度あんたはあたしの町に会いに来たよね。でも、あんたは未だ大事なことに気付いてはいなかった。だから、あたしは、ショウ、あたしはやっぱりあんたについていけなかったよ。でも、いつだってあたしの心は泣いていたんだ。

 良さんのピアノがこの曲のラストに誘いかけるように力強く鳴り出す。「あたしは、あたしの涙で溺れそうだよ。」あたしは力の限り歌う。ショウに寄せる全ての感情をここで吐き出したい。何度も何度も繰り返す。「あたしはあたしの涙で溺れそうだよ。・・・」ショウ、あたしのショウ・・これが最後だよ。

 本当に涙が溢れて来たよ。今日まで一生懸命に我慢していたのにさぁ。でも、あたしは・・・。あたしは、涙に溺れたりはしない。今夜こうしてこの歌を歌って、ショウ、あんたのことは忘れるんだ。簡単に忘れられないかも知れないけどね。でも、これからはあたしはあたしの夢を追いかける。あんたやあんたのギターに賭けて一度は捨てた夢を取り戻すんだ。

 曲が終わる。拍手が聞こえる。お客さんの方を見る。立ち上がって拍手をしてくれている人達がいる。よく見ると泣いてる人もいるよ。なんだ、いちばん鼻水たらして泣いてんのは、とうさんかい。はんかくさいなぁ。ここからが本番なんだよ。あたしは歌うよ。施設にいるじいちゃんやばあちゃんの悲しみや楽しみ、そして毎日オムツ替えや食事介助に追われる生活をね。何のために歌うのか、何を伝えるために歌うのかが、見えてきた気がするんだよ。

 介護するソウルシンガー、レッドの誕生だ。良さん、次は思いっきりファンキーにたのむよって、ウィンクを送る。良さんのピアノが踊りだした。

 

レッドの他の物語************************************

http://haruharuyoshiyoshi.blog.so-net.ne.jp/2007-09-08

http://blog.so-net.ne.jp/haruharuyoshiyoshi/2007-08-15

音楽好きの皆様へ

このショートストーリーに流れているのは勿論レイ チャールズのあの曲であります。ぼくはこれが大好きですが、自分で歌うことはできません。

グレイテスト・ヒッツ

グレイテスト・ヒッツ

  • アーティスト: レイ・チャールズ,ブルース・ブラザーズ,ウィリー・ネルソン
  • 出版社/メーカー: イーストウエスト・ジャパン
  • 発売日: 2001/10/24
  • メディア: CD

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masugi

自然と「頑張れ、レッド!」と心の中で
つぶやいてしまいました。頑張れ、レッド!
by masugi (2008-03-17 01:27) 

ちょんまげ侍金四郎

「介護するソウルシンガー」。。。最高です!

by ちょんまげ侍金四郎 (2008-03-17 08:39) 

青い鳥

「レッド」のお話、記憶しています。
辛さを見事に乗り越えられ、
新しく自分の進む道を見出されたレッドさんに、心からの拍手を送ります。
いつもs魂を揺さぶるいいお話を有難うございます。
by 青い鳥 (2008-03-17 10:57) 

しきみ

陳腐な言葉だけど、彼女の曲を生で聞きたいと思った。
彼女の歌を聴けば、もしかしたら今の私に足りない何かが降りてくるかもしれないから。
by しきみ (2008-03-17 15:18) 

haru

>masugiさん
ぼくも、レッドの話を打ち込みながら、元気を取り戻しました。
いつもありがとう。

>金四郎さん
かたじけない。
忘れずにいてくれてありがとう。

>青い鳥さん
こちらこそいつもありがとうございます。

>しきみさん
うーん ちょっと脱力してるけど、レイチャールズの歌をノラジョーンズが歌っているのをみつけました
http://jp.youtube.com/watch?v=z6zyog0DPZY&feature=related

by haru (2008-03-17 21:26) 

TaekoLovesParis

私も野幌で育ち介護のお仕事についた赤毛のレッドさんのお話は
よく覚えています。
レイ・チャールスのこの歌、私も好きです。<あたしは、あたしの涙で溺れそうだよ。>  I guess I drawn in my own tears,,
It bring the tears into my eyesではじまるんでしたね。
レッドさんの歌うソウルもきっと魂の叫びがあふれていることでしょう。
by TaekoLovesParis (2008-03-18 00:19) 

Baldhead1010

ギター・・・挫折した・・・。^^;
by Baldhead1010 (2008-03-18 06:42) 

haru

>TaekoloveParisさん
レイ・チャールズは最近妙になじんじゃって・・・
何気に聞いています。

>Baldhead1010さん
おおおっ ぼくも同じく、挫折しましたぁ。

by haru (2008-03-18 19:14) 

mimimomo

こんにちは^^
とてもフィクションとは思えないストーリー。いつも素晴らしく
夢中で読んでしまいます。
by mimimomo (2008-03-21 16:10) 

風子

再開されて、ホッとしています^^
大沢在昌さんの小説を思い出しました。

by 風子 (2008-03-22 13:58) 

haru

>mimimomoさん
いつもありがとうございます。

>風子さん
うーん 大沢の小説はすきですが、意識したことはないですよ。
似てますか??

by haru (2008-03-23 17:59) 

katsura

見守るお父さんがいいですね。いつか反対になるのかもしれませんが。
by katsura (2008-04-09 11:49) 

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