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冬を呼ぶ [ショートストーリー]

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以下のお話はフィクションであります。
しかし、春に秋の話は無理があるかなぁ。

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 冷たい空気の流れを感じて、彼は目覚めたよ。少しずつ覚醒していく意識の中で、自分が大きな「カツラ」の木として目覚めた事を知ったよ。このところ「人」の基準で言えば1年に2回ほどこの「カツラ」の木として目覚めているようだ。

大きく伸びた枝と広く張った根を感じる。もう冬が近いので葉はほとんど落ちかかっているのだと知ったよ。この「カツラ」の木は流石にもう寿命がそう長くはないらしく所々朽ちているところもあるけれど、今のところは未だ大きな力を受入れることができる生命力を持っているのだと解ったよ。この森の象徴となるにふさわしい生命力だと彼は思ったんだ。この木はね、春・夏とたくさんの葉を枝につけ秋には大量の枯葉を落とす。そしてその枯葉が森にとって大切な「命の水」を作るのに大いに役立つんだ。「命の水」はこの「カツラ」の木の根の先の奥深くに蓄えられてね、少しずつ森に浸透してその名のとおりたくさんの命を生み出す源となるんだよ。

 彼は森のたくさんの小さな意志が集まった大いなる意志としてここに目覚めたんだ。自らが目覚めた「カツラ」の木の点検を終えて、根に意識を集中する。命の水はまだそこにある。目覚める度に量は少なくなりつつあるが確かにそこにあるのを感じるよ。今度は意識を根を通じて拡散させ、この森の全ての植物の状態を確認する。おそらくこの冬を乗り越えられないほどに枯れた木もあれば、新しく大きく枝を広げた木もあるよ。ひっそりとそして確実に群生を広げつつある草花達や日の光の争奪戦に勝ちきれずもう何十年も細くて小さな木のままにそれでも隙を狙って枝を伸ばそうとしている木もあるんだ。虫達に命を奪われつつあるものもあれば、鳥と仲良くして寿命を伸ばしているものもあるよ。彼は全ての植物の気を感じて今の森の状態を知るんだよ。
 汚れた空気に犯された一時期ほどの衰退は無いにしろ、確実に森の生命力は落ちつつあるのを知ったよ。植物に必要な命の水の量が減り、全体に植物の種類も減りつつある。こうやって彼自身が「森の意志」として目覚めることは少しずつ難しくなっていくのだろうと知る。しかし悲しみや絶望感は無いよ。全ては受入れる事しかないのだしね。

 彼は意識を集中させるよ。全ての霊力を使い空に対して働きかけるんだ。すると、ヒューッと一陣の風が森の中を走り抜ける。何度か意識を集中させ、少しずつ風を大きなものにしてゆく。鳥達が空を見上げて慌てて飛び立つよ。虫達が慌てて土の中や落ち葉の中に身を隠す。森の中を散歩していた「人」が怪訝な顔をして歩く速度を速めるよ。
 「雲を呼べ」と森の全ての植物に呼びかける。「雲を呼ぼう」と木々が答えるよ。ザワザワと木々が騒ぎ出す。「雲を呼ぼう」「雲を呼べ」・・・・。森はザワザワと揺れ始めるんだ。少しずつ森の上に低い雲が風に乗って集まって来るよ。そして冷たい強い風が森を駆け抜けてゆく。ピュービューと音を立てて森の中を抜けてゆくよ。「人」は急に変わった天候に驚き、森を急いで抜けるために急ぎ足になるんだ。そしていよいよ、集めた雲から白くて冷たいものが降り出したよ。バラバラと音を立てて降り出した。

 「冬の支度はできているか。」そう彼は大きな意識で呼びかけるんだ。「樹皮を硬くしろ」「しっかりと根をはれ」そう呼びかけるよ。鳥もその意志に答えて巣作りの点検を始める。獣達は冬眠の準備をし始める。全てが慌てて冬を迎える点検に大わらわ。風はビュービュー、「白いもの」はバラバラと音を立てて風に乗って飛び始めるよ。僅かに残った木々の葉は全て落ちてしまう様子だね。「冬の支度はできてるか。」大きな意志は何度も何度も呼びかけるよ。ウォーウ、ウォーウと森全部が一つになったみたいに唸り出すよ。「もう直ぐ冬がくるぞ」「冬の支度はできているか」ってね。ピューピューって風、バラバラと白くて冷たいもの、ウォーウォーと唸る森・・・。そりゃあ大騒ぎで冬支度。

 やがて風が弱くなり、白くて冷たいものも降り止むよ。低く集まっていた雲も少しずつ散っていくようだ。人は首を傾げて考えている。「今のはいったいなんだったんだろう」ってね。そして森の意識は少しずつ、少しずつ眠りに入り森のあちこちに拡散してゆく。

 大きな「カツラ」の木の前を通り過ぎようとした人が「カツラ」を見上げる。なんだか気配を感じて驚いた様子だよ。けれども「カツラ」に目覚めた意識は眠りについて消えてゆくよ。この次は春が近くなったら、その時未だ森が元気だったらまた目覚めるんだろうね。

今日、森は冬になったよ。


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コメント 5

zizi_san

ほんの少しだけだけど、植物や森の意識を味わえた気がします。とてもきれいな気持ちになれました(#^.^#)
by zizi_san (2008-04-11 01:01) 

haru

>じじさん
こんなところまでご足労頂き誠にありがとうございます。
何のおもてなしもできず、申し訳ありません。
また、よろしゅう御願いするべさぁ。

by haru (2008-04-11 10:56) 

mimimomo

こんにちは^^
そんな気の世界に入ってみたいですね~
森の中だと感じることが出来るかなぁ~
この物語を読んでいると何だか出来そうな気がしてきます。
by mimimomo (2008-04-11 14:13) 

katsura

名前を何度も飛ばれた気がして、あたりを見回してしまいます。
by katsura (2008-04-13 22:13) 

風子

森林公園の世界は こんな営みをしているんでしょうね。


by 風子 (2008-04-18 16:22) 

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