SSブログ

白くする [ショートストーリー]


写真 野幌森林公園  2008年1月   百年記念塔に祈りを捧ぐ
*********************************************************************************
以下はフィクションです。
このストーリーを、33年来の友人のKに捧げます。
*********************************************************************************

 一人で酒を飲みに出る習慣の無い俺が、また酔いを求めて歩き続ける。街はあちこち新年会らしく、たくさんの人が出歩いている。雪がちらついて、冷たい風が吹いている。みんな身に染みる寒さから逃げるように早足で、ススキノに向かう。暖かくて賑やかな新年会の場を目指して、早足で俺を追い越してゆく。俺はと言えば、逆にこの寒さからもう逃れられないような、重い気分に包まれてゆっくりとしか歩けない。

 「ワイン」と書かれた赤いちょうちんを見つけた。前に一度来た店だが、まだ店があることが不思議な感じがするうらぶれた入り口だ。入口の扉を開け中に入ると、「いらっしゃいませ。」というマスターの声がする。相変わらず、客は俺一人の様子だ。カウンターの席に座る。
 「ワインとオリーブをくれ。」
 「ワインは何がよろしいですか。」
 「辛口の白ならなんでもいいよ。」
 そう言うと、見事な手口でワインを注ぎ、オリーブを出してくる。マスターは俺に興味を失ったように寡黙になる。 俺は、ワインを口に含み、しばし自分の心の中を探りだす。
 静かな深い海の底に眠っている記憶を見つめてゆく。
 それに、いろいろな人達から最近聞き集めた情報も加えていこう。

 拾ってやるぜ、拾ってやるぜ、あいつの心の断片を・・。

 同じ大学に通っていたあいつ。
 マージャンが大好きでよく俺を誘いにきた。
 「ロン。」と言う時のあいつは、喜びも申し訳なさもなく、冷静な顔だった。

 ・・そうその調子で拾っていこう。

 あいつと奥さんとは学生時代からの付き合いだった
 平然な顔をして、あいつには似合わない落ち着いた感じの美人の彼女として奥さんを皆に紹介した。

 習得単位が少なくて、4年で大学卒業の見込みがなかったあいつ。
 でも、当時付き合っていた奥さんに気合を入れられて、夏季講習で単位を取り、卒業の見込みが出てきた。

 突然に俺とおなじ会社の入社試験を受けると言い出したあいつ。

 就職試験の日、時間ぎりぎりにあいつは会場に来た。
 ステンカラーのコートを着て、手にはスポーツ新聞。そして座るなりこう言った。
 「悪いけど、エンピツと消しゴム貸してよ。」
 
 左利きで、何かを書く時はなんとなく、書きずらそうにペンを走らすあいつ。

 同じ会社に入って、すぐ結婚し、突然「真面目で仕事熱心な人」に大変身したあいつ。
 いつも遅くまで、書類書きをしていた姿を良く見た。
 
 その内に俺も結婚して、なぜか近所に住むこととなって、お互いに父親となっちまった。

 ゴルフが大好きで、冬に雪で閉ざされる北海道で年50回、ゴルフをしたという噂があった。

 小学校や幼稚園の運動会の席取りには、いつもあいつと俺がゴザを持って朝早くグランドを走っていたよ。お互いに仕事が忙しいので、朝、席を取って、一度会社で仕事をして昼食の時間に何食わぬ顔して戻る。席に座り子供達に「よくやったね。」なんてことを言っていた。

 よく近所の居酒屋で仕事の愚痴をこぼしていたあいつと俺。

 子供が小さい頃、お互いの家族が集まって、よくバーベキューを楽しんだ。
 子供にも、奥さんにもやさしかったあいつ・・。拾ってやるよ。

 20年間努めた会社の理不尽さに退職を決めたあいつ。
 結局、後を追うように俺もあいつの一年後に辞めて転職。

 あいつの転職はうまく行かず、アルバイトのような仕事をしていたなぁ。

 今から3年前に奥さんを病気で亡くした。
 「前の日に病院見舞いに行った時は元気そうにしていたのにさぁ。」と、あいつは笑いながら言っていた。「本当に信じられないよなぁ」笑いながら言っていた。拾ってやるよ・・。
 
 奥さんが死んでからしばらくして、俺にこう言った。
 「どんな形でもいいから、ちゃんとした就職がしたいんだ。」
 「今のままなら父親として、巣立っていく子供達をちゃんと送り出せないよ」

 いっしょにあいつの再就職先を探したよ。
 そして、ようやく再就職が決まった時、あいつは意外と冷静だった。
 「ありがとう」と一言だけ言ってきたお前の心を拾ったよ。

 長男の結婚が決まった時、居酒屋であいつはうれしそうだった。
 「これで、二男の進路がきまれば、悠々自適さ。」なんて・・。とっても楽しそうに話していたよ。

 居酒屋とスナックが好きで、奥さんが亡くなってからはよく一人で飲みにいってたらしい、あいつ。

 その他にもいろいろなあいつを記憶の海から拾い上げる。
 ひとつひとつの断片がとても大切だから、丁寧に拾い上げよう。

 拾ったあいつの断片はどんどん増えて行く。断片が増えるたびに一口ずつワインを口に含む。4杯目のワインを飲も終えた時、俺は次の作業に移る決心をする。拾ったお前の断片を組み立てていく。少しずつ、少しずつ、順序だてて心の中で組み立ててゆくんだ。

 「いい加減に現れろよ。」
 祈りながら組み立てる。
 10日前のお前の心が知りたい。
 何を考えていた。
 何を思いつめていた。
 そうして、なぜ、自ら命を絶ったのか。
 ・・なぜ、俺に相談しなかった・・・。

 うまくゆかない・・・。なぜだろう。どうしても、組み立てられないぞ。
 俺は焦った。あえてこのタイミングで自らの命を断つほどの気持ちを組み立てることができない。理由が浮かばないわけではないが単純すぎる。もう一度、記憶の海に潜ってゆく。いろいろな人の話を思い出す。絶対にあるはずなのだ。33年間も付き合った俺に組み立てられないはずはない。何か、俺にあいつは残していってるはずなのだ。そうでないと、あまりにも空しい。ワインを一気に口に含む。

 見つけたよ。お前の大切な断片を・・・。こんなところに落ちていたよ。
 まるで、星のかけらのような断片だ。いくつか落ちているね。
 それを、組み立てたそれまでの断片に組み入れる。

 なんて切ない・・。なんて切ない姿なんだよ。だからなのか・・。だからお前は・・・。
 つらかったよなぁ。誰にも相談できなかったよなぁ。
 そうなのか、以前からそうするつもりだったのか。
 俺の心の中の断片で組み立てた10日前のお前。
 もう、真実がお前から語られることがないのだから、俺にとってはこれが真実。

 泣けてきたよ。ようやく泣けてきた。お前が死んだと知ったとき、なぜか泣けなかったのだけどようやく泣いてやることができたよ。

 ふっとマスターの気配を感じた。
 「お客様、ワインを変えますか。」
 慌てて、涙を拭う。
 「うん、この前のワインあるかなぁ。」
 「ええ、一本ありますよ。リースニングですね。」
 驚いた、以前に来た時に頼んだワインを覚えてるなんてなぁ。
 「グラスをもう一個用意してくれないか。」
 そう言うとマスターは、2個グラスを用意して、見事な手つきでワインを開けてグラスに注いだ。
 1個は俺の前に、そしてもう一個は何も言わないのに隣の席に。

 隣のグラスに乾杯をする。そして隣の席に呟く。
 「残念だよなぁ、お前ときたらカラオケスナックとか、焼酎とかが好きで、一度こういうワインを飲ませてやろうと思ってたのによぉ。」そしてまた、涙を拭う。酔いが一度に回ってきたぜ。

 振り返って、窓越しに表を見るとたくさん雪が降っていた。
 今夜、全てが白くなる。
 何もかもが白くなる。
 しんしんと、しんしんと一切が白に埋もれててゆく。
 今、組み立てた切ないお前の姿も白くしてやろう。
 もう、その切ない姿を誰にもさらすことがないように・・。

 

Songs for a Friend

Songs for a Friend

  • アーティスト: Jon Mark
  • 出版社/メーカー: Line
  • メディア: CD
この音楽が彼に届きますように・・・
nice!(19)  コメント(9) 

nice! 19

コメント 9

こんにちは^^
とてもフィクションとは思えないストーリーですね。わたくしの前にも
自ら命を絶った人が二人います。何だか他人事ではないような気分で読みました。
by (2008-01-13 16:36) 

青い鳥

こんばんは、北海道はこのお話のように寒い事でしょう。
私の高校の同期生にも何人か自ら命を絶った人がいます。
私もmimimomo様と同じ気持ちで読ませていただきました。
by 青い鳥 (2008-01-13 20:04) 

はっこうです。

同じ体験をしています。
つらいですがその分だけ生きようと思っています。
by (2008-01-13 22:16) 

かよりん

切ないですね・・・。
by かよりん (2008-01-14 17:14) 

haru

>mimimomoさん
1月2日に33年来の友が自殺しました。
それを知ったのは6日でした。
自ら命を絶つという行為がショックで、やるせない思いでいっぱいです。

>青い鳥さん
自殺で亡くなる人は随分の多くなって、社会問題化しています。
社会自体が個を尊重するあまり結果として個を守りきれない。
状況は暗いですね。

>はっこうさん
nice、ありがとうございます。
何とか思いを引き継いでできることがあれば、替わって成し遂げたいのですが、その思いがちゃんととらえられません。

>かよりんさん
切ないです。
by haru (2008-01-18 09:27) 

やはりそうでしたか。
フィクションにしては あまりにも細やかなストーリーだと思ったのです。
友人は死でしか 安住の地を見出せなかったのですね。
残された人の苦しみを思うよりも、もっともっと計り知れないほどの
苦しみを抱えていたのでしょう。
今は安らかな心地であると思います。
haruさんがこれほど、深く思いを抱えてくれてる事を友人は知っていると信じます。
友人は幸せです。
by (2008-01-23 16:43) 

y-yukari

人との関係とは一体何であるのか考えてしまいます。
雪がすべて包み込んでくれますように…。
by y-yukari (2008-01-30 16:23) 

haru

>風子さん
今はもう、静かに思い出が少しずつ風化していくのを感じます。
ざわざわとした思いはもうあまりありません。
安らかに眠る彼を感じます。

>y-yukariさん
雪は全ての音や景色を飲み込んでゆきます。
安らかな世界に全てを包み込んでゆくのです。
by haru (2008-01-30 20:31) 

katsura

雪は浄化、という言葉を聞いたことがあります。

ようやくブログを帰る日々に戻ってきました。
by katsura (2008-03-08 21:18) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

記念の日森の美しい花 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。