SSブログ

記念の日 [ショートストーリー]

 

写真 野幌森林公園  2007年12月

*********************************************************************************
このお話はフィクションです。
*********************************************************************************

 また、雪が降って来ました。
 寒さにかじかむ体を無理やり動かし、アパートの玄関を出ます。
 駐車場の車は雪に埋まり「かまくら」のようになっていました。

 

 ドアの雪を払い、車の中に入り、エンジンをかけます。スノープラシを手にして車の外に出て車に積もった雪を払う。普通の北海道の小さな町での朝の出来事ではありますが、最近はだんだんとつらい作業になってきています。せめて他の車が出た後であれば、通路の除雪は避けられるのに、朝6時前に通路を除雪し、アパートを出る人は居ない様子です。冷たい思いを隠しながら車のガラスにこびり付いた氷を削っていると、通路の雪をよけている人がいるのを見て驚いてしまいました。その後姿が息子であることを認めて改めてビックリ。
 「あんた、どうしたのこんなに早く。」5時に起きて息子の弁当の準備をしていた時には起きている気配は感じませんでした。息子は最近、母親の背丈を越した恥ずかしさからなのか、積極的に会話をしてきません。息子は答えを返さず、「任せておけ」といった素振りをちょっとして、もくもくと通路を除雪します。
 私は車に乗り、車を動かし始めました。通路の除雪を終えた息子が駐車場の出口に立って、親指を突き出して見送ります。いつの間にか、ちょっとはにかみながらも、男らしくなった息子に投げキスをして、施設に向かいます。父親がいなくとも、彼はどうやら立派に育ってくれているらしいです。

 今日は、施設の開設記念の日です。この日の昼食は「握り寿司」となっています。老人施設ではことのほか、食中毒管理が厳しいのです。もちろん、食中毒が出ないように管理するのも栄養士の私の重要な務めとなっているので、本来は「生もの」を出すというのには、抵抗がありました。それに寿司ともなれば経費のこともあります。このことについては、施設長や看護師長とも、随分と話し合いをしました。食中毒リスクを考えるか、せめて一年に一度位は寿司が食べたいという、患者さんの声を優先させるか・・・。結局、私が「リスクを背負っても、寿司を出します。」と言いきり、施設長も経費の事を承諾し決まってしまったのです。
 「食べる事は生きること」、そして本来は施設にいる人にとっての数少ない楽しみの一つのはずです。それなのにこの施設に入所している人のほとんどは、頑張らないと食べられない人が多いのです。節食障害を持つ人、精神的に意欲を失い食欲が失せた人、病状により体力を失いつつあり食事が摂れなくなってきている人が多いからです。いくら栄養価を計算した食事を出しても結局は、食べ残すのでは何もならない。「あと一口を食べてほしい」、そう心から祈りながら食事を用意させてもらう人もいます。そういう事を考えると、せめて年に何回かは、特別な食事を出して喜んでもらいたい。そう心から思いました。

 厨房は朝から大騒ぎとなっていました。給食を委託している会社から、5人もの寿司職人が応援に入っています。私も大急ぎで朝食の配膳チェックを行い、厨房に入って準備をします。いつものパートさん達も、全員早出でもくもくと準備をすすめています。入所者の方や職員の数だけ用意した寿司桶に握り寿司がセットされてゆきます。合計で200人分を用意するので大変な騒ぎとなっているのです。中には、摂食障害がある人もいるので、そういう人にはまた、食べやすい形で用意してゆきます。生ものを扱うので、衛生管理にもビリビリしてしまいます。どうにかこうにか、昼食の時間ギリギリに用意が終わり、食事をそれぞれの食堂へ運ぶことができました。

 食堂では、入所者の方々はすでに座って、食事を待っています。それぞれに寿司桶を配ります。
 「おおっ 寿司かぁ。」と、シゲさんが大きな声を出します。
 「本当だ、寿司だよ。贅沢だよねぇ。」山田さんが返します。
 あちこから、声が上がり始めています。普段、食事にあまり興味を示さない人も、何だか興味深く寿司桶の中を覗いている様子です。
 「みなさん、今日は開設記念日なので、お寿司を用意しました。たくさん食べてくださいね。」そう、私が話すとあつこちで「いただきます」の声が上がりました。寿司職人さんが食堂の中央の前方に立ち寿司を握る用意をします。豆しぼりを頭に巻き本格的な格好です。はでなピンクのはっびを着ているのは、そういう色がお年寄りには認識し易いからだと言っていました。
 「皆さん、お好みのお寿司がありましたら、こちらの職人さんに頼んでくださいね。」
 「おりゃあ、昔はよぉ、景気良かったころは、お好みで良く寿司屋のカウンターで寿司つまんだよぉ。」そう、シゲさんが周りの人達に大声で話しています。
 「シゲさん、じゃあ、昔みたいに、頼んでみましょうか。」
 「ええっ いいのかい。」そう言うシゲじいさんの車椅子を押して職人さんが寿司を握るテーブル前につれていきます。「いらっしゃい。何にしましょうか」威勢のいい声で職人さんが挨拶しました。
 「うーん、そうだなぁ、じゃあ海老もらおうか。」そう、シゲさんもいつになく威勢のいい声でオーダーします。
しゅっと寿司飯を手にして、かっこよくネタを取り握り、シゲさんの前に寿司を置きます。
 「おまちぃ。」
 シゲさんが寿司をつまんで・・。「うん、なかなかいいネタじゃねぇか。」みんなが拍手をしました。みんなうれしそうです。そうやって、好き好きに寿司桶の中の寿司をつまんだり、個別オーダーして頼んでみたりしています。ほとんどの人の顔が微笑んでいます。そして、賑やかにいろいろ話をし合っている人もいます。介護の人も今日は楽しいそうです。

 私は斉藤さんの横に立ち、斉藤さんの手を取りました。斉藤さんは、最近ほとんど食欲がありません。このままでは体力が落ちて、点滴から栄養を取るようになってしまう。そうなってしまうと、もう口から食べることはできなくなってしまうのです。
 「斉藤さん。どうですか。」
 「あああっ ううううっ」いつものように何を言っているのかはよくわかりません。
 「お寿司食べてみますか。」
 そうすると斉藤さんが手を動かし、口のほうに持っていきました。食べたいという仕草に思えたので、マグロのお寿司を口に運んであげます。そうすると、パクリと半分ほどを食べたのです。
「斉藤さん、食べれたねぇ。」そうして冷めたお茶を少し飲ませて、もう半分を口に運びます。結局、斉藤さんは三個のお寿司を食べました。うれしかった。うれしくてうれしくて、何度も斉藤さんに「ありがとうね。」と言いながら手を握りしめてしまいました。斉藤さんの顔に少しだけ、笑顔が見えたかと思うと涙がこぼれました。
 斉藤さんは、今日はお寿司を食べれたけど、明日にはまたあまり食べれなくなるかも知れない。でも、何より、斉藤さんは今のこの食事を楽しんでくれました。そのことが、本当にうれしい。

 ここに入っている人達はそれぞれに昔は苦労をして生きて来た人達です。戦後の日本をしょって頑張って、働いたり、家事を守ったりしてきました。ほとんどの人が貧しく、社会不安の中、子供を育ててもきました。本当は毎日が今日のような食事であればいいのかも知れないと思います。別に寿司が良いというのではなく、せめて、食べたいものを楽しくたべさせて上げたい。でも残念ながら、私達はそれぞれの人の家庭料理の味を知らないし、手の込んだものを毎日、用意することもできません。『命を繋ぐもの』の重要なものの一つが食事であるのに・・・。だからと言って何も努力しない訳には行きません。せめてできる範囲でがんばって、何とかここにいる人達の命を守りたいのです。
 ・・・などと、一人考えている自分に驚きます。離婚し、子供を抱え、この街に管理栄養士免許だけを頼りに、流れついてきた当時の私は、こういった状況など、全く知りはしなかったのです。私も、この施設で育てられたのだと思いました。

 後片付けをして、夕食の配膳をチェックし、帰路につきました。日中も雪が降った様子なのに、駐車場の我が家のスペースは除雪がちゃんとしてあります。
 『息子に今日のことを話してみよう。』そう思いました。今の息子ならそこそこ私の感じたことを理解してくれそうな気がします。今日から息子とは大人として対等の話をしてみよう。彼は彼なりに、自分の存在を認めてほしいに違いないと思いました。

色々な意味で今日は記念の日になりそうです。
-----------------------------------------------------
*関連のあるお話は以下です。
http://blog.so-net.ne.jp/haruharuyoshiyoshi/2007-08-08


nice!(14)  コメント(6) 
共通テーマ:GBA2005ノベル

nice! 14

コメント 6

おはようございます^^
いつものことながら、素晴らしいストーリーですね。 実社会にも
こういう人が働いている施設はあるのでしょうが、施設の評判は一般的に
あまり良くないです。
食を真剣に考えてくれる人がいることは、ありがたいですよ。
確かに命を守る基本中の基本ですもの。
それに息子の成長も、親にとってはこの上なく嬉しいことです。
穏やかな気持ちで読ませていただきました。
by (2008-01-04 05:12) 

青い鳥

おはようございます。
食事の大切さ、身に沁みています。
義母は98歳で亡くなる3日前まで食事が出来ました。
実母は86歳で亡くなりましたが、1年半も鼻腔栄養でした。
このお話のような施設が1つでも多くなって欲しいものです。
by 青い鳥 (2008-01-04 07:47) 

少し胸の奥がジーンと熱くなりました。
せつなくて温かい…
by (2008-01-04 14:16) 

ちょんまげ侍金四郎

誰もが老いていくんですよね
若いうちは理解できませんでしたが、40も後半になりますと実感します
最後に好きなもの食べていいと言われたら何にしようかな。。。
遅ればせながら本年も宜しくお願いいたします
by ちょんまげ侍金四郎 (2008-01-07 15:32) 

かよりん

物語の中は雪だけど、私の心はとっても温かくなりました。
毎日食事をおいしく頂けるって幸せなことなんですよね。
by かよりん (2008-01-07 23:17) 

masugi

遅ればせながら、本年もよろしくお願いいたします。m(__)m
シビアな現実、しかしその中に灯る温かな心。
これからも素晴らしいharuさんワールドを展開してくださいね♪
by masugi (2008-01-11 15:55) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

年末に思うこと白くする ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。