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深くは考えない [ショートストーリー]

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写真2010年10月 野幌森林公園

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以下はフィクションです。
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「そんなに深くは考えてないのさ。」
昔なじみの店で会ったとたんに、そう言って君は悲しそうに笑う。
お互いに随分と年を取ったと思える顔つきになったと思う。けれど時代遅れと思われる皺の多いトレンチコートを面倒くさそうに脱ぐ姿は昔の記憶を呼び覚ます。

長く続いた単身赴任を終えて我が家に腰を落ち着けようとした君を待ち受けていたのは、妻から渡された離婚届と自分を受け入れられなくなっていた子供達。君は単身赴任をしながら家庭を気にして月に2〜3回は家に帰るようにはしていたが、家庭がそんなに傷ついていたことに君は気付かなかったと言う。東京の狭いアパートに暮らし、毎日深夜遅くまで働き、さらにはたくさんのノルマに喘ぎ仕事で体力と精神力を消耗した君は週末に倒れこむように千歳行きの飛行機に乗って時々家庭に戻ることが精一杯で、微妙に変化していた家族の様子に注意がいかなかったのだろう。
「迂闊だったんだ。」
そう言って君はまた悲しそうに笑う。
そうして大切そうにグラスを暖めるように手のひらで包み込んだ。
そんな仕草は20年経っても変わってはいない。
けれど若い頃は簡単に自分の迂闊さを認めるようなことを言うタイプでは無かった事を知っている。

「だからと言ってほぼ全財産を渡す必要はなかったんじゃないかなぁ。」
そう問いかけると君は遠くを見るような目付きでため息をもらし、グラスを口に運ぶ。ショットグラスでは無く、水割りのグラスに氷も入れずにストレートにバーボンをついで飲むのが昔からの君のスタイルだったことを思い出す。
「もともと一生懸命仕事したのも、単身赴任の生活を受け入れたのも、家族を守ろうと思ってたからだしね。それがいつの間にか仕事そのものに飲み込まれ始めて、仕事漬けの日々から離れられなくなってたのさ。だから金や家を嫁さんや子供達の言うとおりに渡すのは自分の中じゃあそんなに抵抗はないよ。」
「だからって仕事まで辞める事はないだろう。いったいこれからどうやって生活していく気だい。」
50歳を超えた身では転職も難しいし、過去の実績などなかなか通じない世の中になっていることなど、あえて言う必要も無い。
「そうだよなあ・・。」
そう言って、君は一気にグラスに残った酒を飲み干す。
フォアローゼスのいい香りが漂う。
「でも、不思議なくらいに今は落ち着いていて・・。今までの何かに絶えず追われているような焦りや、ライバルを出し抜くような欲もなくて・・。だから、最初に言ったようにさぁ・・。」
「最初に言った・・?」
「そんなに深くは考えていないのさ。それで良いのだし、もうそんなに深く考える必要なんて無いのだと思えるんだ。なんとなく、感覚で生きていくことでこれからは良いのだと・・・。」
そう言って君はまた遠くを見つめるような目付きでグラスを見つめる。

表に出るとそこは、雪景色。
今年初めての雪の中をつまらなそうに「じゃあな・・。」と言ってぼくに背を向けて歩き出す。
「またな・・。」
そう声をかけながらも、それ以上声をかけることはできなかった。
「さてと・・。」
そう呟いて彼とは逆の方向に歩き出す。ぼく自身が抱えているたくさんの問題に立ち向かうために。


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青い鳥

このストーリーと同じような境遇の人が少なからずいますね。
その事を考えると、やりきれない思いがいたします。
企業戦士という言葉に操られざるを得なかった時代を生きた者として。
by 青い鳥 (2010-11-21 13:56) 

こうちゃん

僕も近々、自分の仕事を整理しようと思っています。
24もやった自営業ですが、やはり、いろんな想いがありますが
考えていたらキリがありませんよね。
深く考えたら出来ないことも多いですよね。
by こうちゃん (2010-11-22 23:09) 

haru

こうちゃん
そうですね。あまり真剣に考えると今の時代は先行き不安ばかりに囚われてしまって身動きできなくなります。
時には風の向くままという思考も大切なのだと思います。

by haru (2010-11-23 15:44) 

haru

青い鳥さん
「企業戦士」という言葉自体今では使われない言葉になりました。
単純に仕事だけ頑張れば良いというのではないことはわかっていても、やはりそこには一生懸命生きようとするほど限界があります。
真面目に不器用に生きてきた人ほど傷つけられやすい、そんな時代になりませんように・・・
by haru (2010-11-23 15:46) 

むらさき

せつないですねぇ
でもどんな状況の、親子夫婦でも、長い年月の末やっと
解ってくる(良くも悪くも)事があると思います。
その事とどう向きあっていくかが、自分の人生全うすると言う事
なのでしょうね。(ちょと 的外れかも・・ですが、最近想う事なのです)
ちょっと 立ち寄ったこの世とやらは、修行の場でしょうか^^
by むらさき (2010-11-24 10:37) 

haru

むらさきさん

そうですね。修羅の場かも知れませぬ。でも、拘ることを止めてしまえば一点極楽に変わるのかも・・

by haru (2010-11-24 21:13) 

mimimomo

こんばんは^^
裸一貫になるなんて、勇気がある方ですよね。
by mimimomo (2010-11-27 20:05) 

haru

mimimomoさん

でもね、そんなに珍しい話では無くなってきているのが最近の世の中の怖さですね。
by haru (2010-12-01 23:04) 

風子

どちらが良い悪い そんな事ではないですね。
それぞれ正直なんでしょう!
自分が決めた道を良しとしないと、無になってしまいますもんね。
by 風子 (2010-12-03 14:20) 

Yuki

お久しぶりです(//∀//)
by Yuki (2010-12-03 16:21) 

haru

風子さん

人は意図しないところで他人を傷つけたり傷つけられたりします。
そういう状況に気づくことができれば修正も効きますが、気づかずに過ごすと修復ができないことがありますね。
そうなってしまったら無理に何とかしようと思わず流れのままにやり過ごすという考えも必要かなと思うのです。

by haru (2010-12-04 09:54) 

haru

YUKIさん

ご復帰おめでとうございます。
ぼくも時どきどこかえ行ってしまうので・・
まぁ、気楽にやりましょう。

by haru (2010-12-04 09:55) 

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