復活の春 [ショートストーリー]
写真 : 野幌森林公園 2009年4月
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以下のお話はフィクションです。
以前に書いたショートストーリーの続きでもあります。
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札幌からすこし離れた別荘地で始めての冬を過ごした。会社を捨て、家族に捨てられた俺に残された小さなこの別荘が俺の住処となって始めての冬。ひたすら雪と戦う日々。厳しい冬の間にこの場所で暮らそうとする人はそもそも少ない。近隣の別荘はもう誰も住んではいないのだ。必然的に家の出入り口から広めの道路に出る迄の道を俺一人が一生懸命除雪しないと生活ができない。何件か冬を過ごしている離れた別荘では高性能の除雪機を使い雪をぶっとばしてものの15分で終わる作業なのだが、それを雪かきスコップとスノーダンプを使い行う俺の作業は2時間以上もかかることがある。それも一日中、雪が降り続く日は日に3回から4回行うこともざらにある。見かねた離れた別荘地の住人が除雪機を貸してくれるという話をしにきたが、何かが許さず頑に断りつづけた。自分の生活を自分で組み立てていかなくてはならないのだと思った。
何十年ものサラリーマン生活で鈍った体を酷使する。最初の内は5分もしないで息が切れていた。雪かきをしているのか休んでいるのかが解らなくなる体たらく。それも毎日続けていくと作業のコツを覚えたかだんだんと要領が良くなり、息も続くようになってきた。雪かきをスタートするころは零下10度から20度の寒さに震えるのだが、30分位するといつのまにか、ダウンを脱ぎ、セーターも脱ぎ、シャツ一枚でもくもくとスコップを動かしている。体のあちこちから湯気が立ち上り始めてさえいるのだ。こうした生活を3ヶ月も続けた頃、腹がへこみ腕や足の筋肉が発達して来た。もう56歳を迎えようとしている体が逞しくなっていくのを見るとは思いもよらなかった。しかし腰だけは大事にしなくてはならないと考えがっちりと痛くも無いのに腰痛ベルトを締める。そうした用心深さも生きる上では必要なのだと何かが囁く。
朝の雪かきが終わると部屋に入り、シャワーを軽く浴びて食事を摂る。冷凍庫の中には秋の間に仕入れた鶏肉と羊肉がたくさん入っている。部屋の中央の床は一部引き上げる戸がついており床下が格好の野菜貯蔵庫となっていて中には近隣の農家から安く仕入れた玉葱やジャガイモ、トウモロコシがたくさん入っている。適当に肉と野菜を取り出し、鍋に入れる。香り付けとしてセロリとニンニクを少し追加する。暖炉の上に鍋を置きコトコト煮えるのを待って食べる。同じような食事が続いているのだが不思議と飽きない。労働をし体に良い物を自然に食べる事は
飽きなどこないのだと知った。
暖炉はこの別荘を建てた羽振りの良かった頃に装飾の一部として取り付けてあった。しかしながら今ではとても有り難い器具となった。この新しい別荘地では木材の廃材がたくさん出る。それをもらって来ては家の横に積み上げて薪の代わりとしている。暖を摂る事はもちろん、明かりにもなるし、調理もできるし、なにより揺らぐ炎を見る事は心が安らぐ。夜はただ暖炉を眺めて過ごすこともある。
テレビは無いので見ない。携帯電話も当初は持っていたが、今は契約を切った。外部とこの別荘を繋ぐのはノートパソコンだけである。新興の別荘地だけあってインターネット環境は用意されていたのでいつでもパソコンを通じて必要なものを買ったり、最新の情報を得たりすることができるので不自由は感じない。妻も居ない、子供も居ない、職も失った。しかしながら最近はここでの一人の生活が気に入り始めている。ただ、病だけは怖い。一度風邪をひいて39度近い熱が出たことがあった。その時だけは心細さに震えた。
一日の雪かきが終わり、大好きなJAZZのCDをかける。もう3月になる。つらい冬も終わり春がやってくるのだろう。そんなことをぼんやりと考える。残された金もだんだんと少なくなって来た。いよいよ何かを始めなくてはならないのだろう。でも当初のような焦りは無い。この冬を立派に一人で過ごせたことがどこかで自信になっているのかも知れない。まだまだ俺は大丈夫だ。そう呟きながらメールを開く。見た事が無いアドレスからメールが届いていた。よくよくそのアドレスを見て驚いた。息子の名前がアドレスに含まれている。用心深くメールを開ける。
「大学に合格しました。一応報告しておきます。」
そう一行だけ打たれたメール・・
嬉しかった。大学に合格したことではない。ちゃんと息子がメールして来たことが嬉しかった。何度も何度も一行のメールを読み返しそして深呼吸をして返信を打つ。
「ありがとう。」
この一言に感情の全てをかけた。息子はこの一言の重さを解ってくれるだろうか。プライドを捨てきれず会社を止めた父親。母親にこの大事な時になぜ職を捨てたのかと責められた父親。そして財産のほとんどを妻と子供に渡し、離婚し田舎暮らしを選んだ父親。でも、未だ人生を捨てた訳じゃない。傷つけられたプライドは必ず修復する。それが息子の父親としてやらなくてはならない事なのだと思う。
揺らぐ暖炉の炎を見つめる。そしてパソコンにCDを入れる。その中には冬の間に練った最後の人生を賭けたプランが詰まっている。ここから始める。この別荘地から始める。冬と戦い、生活の一つ一つを「生きる」こととして見直しを始めたこの場所から・・・。
そして春は近い。
関連のお話
こんばんは^^
プライドを捨てるのは難しいですね~ そのため何度も仕切り直しをする人生。
でも春は来るのです。
by mimimomo (2009-04-26 21:50)
こんばんわ。
一人で、きままな生活を想像しました。
時には、こういう生活もしてみたいと思ったりします。^^
by Yuki (2009-04-27 00:06)
>mimimomoさん
そうですね。春の来ない年は無い。
北海道にとって春は特別な季節です。
冬との戦いが終わった季節。
一度に命が咲き誇る季節です。
何かをリスタートさせるには、この季節が最も良いです。
by haru (2009-04-27 17:49)
>Yukiさん
実はこの話のベースの別荘地は実際に存在します。
ぼくは、そこにログハウスを建てて、この話のような生活をするのが夢です。
実はぼくは、根っからハードボイルドであります。
ですから、都会がベースならばマセラッティですね。
by haru (2009-04-27 17:52)
春になりましたね^^
by Baldhead1010 (2009-04-29 07:37)
Baldhead1010さん
左様です。北海道もいよいよ春ですよー
by haru (2009-05-01 21:34)
黄色い花、きれいですね~。
by katsura (2009-05-01 22:14)
Kathuraさん
これはね、ナニワズという花と福寿草ですよ。
えっへん!!
by haru (2009-05-06 18:26)
はじめまして。
黄花沈丁花、福寿草、ともに黄色は幸せの色。沈丁花の花言葉は、「栄光」「不死」「不滅」「歓楽」「永遠」です。まさに復活の春ですね。
by mwainfo (2009-05-08 23:24)
>miwainfoさん
この時期、北海道の森林の草花は白と黄色のものが多いですね。
最初は紫のエゾエンゴサクという草花から始まるのですが・・
これからよろしくお願いいます。
by haru (2009-05-09 08:31)