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「悲しい人達」 その⑳ 「スーツ」 [ショートストーリー]


写真  羊が丘展望台   2007年10月
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この話はフィクションです。
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てらてらのスーツを着て今日も街を歩き回る。
スーツは6着持っているが、どれも、てらてらになっちまった。
名前こそはスーツだけれど、スーツという作業着でしかない。
これを着てほぼ一日中街を歩き回ったり、車に乗ったり、飯を食ったり、デスクに座ったり、時にはこのまま眠ってしまうことだってある。

毎日9時に出社して直ぐにミィーティングで活を入れられて、街に飛び出す。
営業回りから17時に戻り、そこから会議となり、さんざん罵倒されて20時ごろからデスクでレポート作成だ。
大抵は22時近くにようやく職場を出る。
土曜日は休みとなっているけど、結局は一日書類作成に出勤する。もちろんその日もスーツは着ているし・・。
でも流石に休日の日曜日だけはめったにスーツを着ない。
そもそもが疲れて昼頃までベットで眠っている。
午後には眼をさますが、月曜日のミィーティングが気になってやがてイライラしだし、やっていることが上の空。
とても充実した休日など取れやしない。
てらてらのスーツは情けないと思いながらも買いに行く気持ちの余裕もない。

「男はどんなに安月給でも、スーツだけはそれなりにいい物を着れよ。」と父親が昔言っていたのを思い出す。
「しゃきっとしたスーツに袖を通すと気が引き締まり、回りをちゃんと意識した行動がとれる。」
「身だしなみに気を使わないやつがいい仕事なんてできない」それが父親の口癖。
こんなスーツ姿を父が見たら嘆くだろうなぁと思うよ。
増してや、着数がたくさん必要になるのでユニクロでしか買わない1900円のワイシャツや首から下がっているセンスもなにもない紐のようなネクタイなんて見ちゃうと血圧が上がるだろう。
靴だってどれも底が片減りしている。

俺ももう34歳になった。
高校を卒業して北海道の田舎町を出て大学に入った。
大学に受かった時の父親の喜びようは今でも思い出すよ。
小さな町の工場の経理をずっとやって、家族の生活を支えた父親にしてみれば期待の長男ってやつだよなぁ。
生活だって楽ではなかったのは知っているけど、それでもちゃんと学費も出してくれた。
高卒の父は本当に仕事では苦労をしたようだ。
俺が小さい時から酔うと「どんなとこでも大学だけはちゃんとでておけ。」と何度も何度も繰り返してたよなぁ。
ところが俺ときたら、大学を出て、札幌の小さな広告代理店に勤めて早10年以上なのにこの体たらく。
正直に言っていまの収入では、まともな貯金もできやしない。
試しに年収を実際に働いてる時間で時給に直して計算してみると時給千円いかなかった。
これじゃあ、学生アルバイトに毛が生えたような時給だよ、全く・・・。
一時間に千円使うのはすごく簡単だよなぁ。
それにこれは総支給だから手取りで計算すると・・・。恐ろしい・・。

毎日、てらてらのスーツを着て、てらてらの心をぶら下げてただ、疲れている。
親のところにも、このてらてらな俺を見せるのが苦しくてもう5年も帰っていない。
彼女もいたけれど、まともにデートもできず振られるし・・・。
いったいどこで、道を間違えたのか、全く自分では解らないよ。

突然に雨が降りだした。
傘を持っていないので、スーツを濡らして街の中を走る。
てらてらのスーツが濡れて、まとわりついて気持ちが悪い。
携帯が鳴った。近くの貸しビルの中に取り合えず飛び込む。
携帯の表示は母親からだった。
「お前、どうしてるの?」と母親。
「ああ、元気にやってるよ。」いつも通りの意味の無い返事。
「この前、お父さんから電話いったしょ?」
「うん、何か調子悪いみたいなこと言ってたよ。」
「お父さん、お前に会いたいんだよ。」
「んっ・・。何で・・。」
「お父さんね。お前にゃ、はっきり言わなかったんだけど今度入院するんだよ。お父さんめっきり最近気が弱くなってさぁ・・。でも、お前にゃ頑張ってるんだから心配かけられないってさぁ。」
「そうなのかぁ。何でちゃんと俺に言ってくれなかったんだべか?」
「お前・・・。何年顔見せないでいると思ってるんだよ。はんかくさい・・・。」
そう言って母親は涙声になり電話を切った。

てらてらのスーツをずぶぬれにして、これ以上無い位に情けない俺がいた。
考えてみると俺のどこに自信や誇りがあるのだろうか。
いったい守るべき物は何で何を目標に生きてきたのか。
親を悲しませるためにこうしているのか。
様々な思いが心を過ぎる。
真面目に質素にそれでも、プライドをもって子供を育て仕事をしていた父親を想う。
朝起きてきちっと身支度をして颯爽とスーツを着て出かける姿を思いだす。

今から俺は、貧しさや忙しさに翻弄され流れのままに生きるのは止めようと思った。
かといって何も粋がる必要もない。
簡単なことだ。
父親のように生きればいい。
スーツを新調しよう。ワイシャツも靴もネクタイも・・。
そんなに高価な物である必要はない。
自分のささやかな自信や誇りに合う物でいいのだ。
新しいスーツに袖を通し気を引き締めて、ちゃんと父親に会いに行こう。
そして「頑張れ。」の一言をちゃんと伝えたい。

ちょうど雨も上がったことだし・・・。


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Merche

題名にドキっと致しましたが、
読み進めるうちに、素晴らしいことだと思いました。
これをなさろうとしていらっしゃるお気持ちが・・・。
また伺わせてくださいませ。
どうぞ、宜しくお願い致します。
by Merche (2007-10-10 22:18) 

勇気が湧きますね。^^
by (2007-10-10 22:31) 

pistacci

衣食足りて礼節を知る・・・
“衣”が最初にくるんですね。
by pistacci (2007-10-10 23:22) 

zizi_san

父親と正面から向き合ったのは数えるほど。若い頃はもっぱら母親を通じての「間接話法」に頼っていたっけ、、、(-_-;)

>てらてらのスーツ
懐かしいです。大学出てから10年ちょっと会社勤めをしていました。新入社員の頃が一番良いスーツ着ていたかも。就職祝いに頂いたネクタイはどれも上等だったし。いつのまにか「替えズボン付き」の安いスーツ専門になっていましたね~
by zizi_san (2007-10-11 00:13) 

青い鳥

おはようございます。
今回も素晴らしい内容のストーリーを有難うございます。
てらてらのスーツ、もしかしたら我が子の姿かも知れません。
最後に希望の光を見せて頂き、救われました。
子供にも読ませようと思います。
by 青い鳥 (2007-10-11 08:19) 

ちょんまげ侍金四郎

そうですね
オヤジってのは、学は無かったけれど汗まみれになって家族を養ってましたよね。。。
by ちょんまげ侍金四郎 (2007-10-11 08:21) 

haru

>Mercheさん
始めまして。NICEとコメントありがとうこ゜ざいます。

>こうちゃん
ぼくはどちらかというと落ち込み易いのでついつい、ラストは元気よくになります。

>pistacciさん
外見というのはちゃんと意識すると内面にかかわってくることもあると思います。

>じじさん
ぼくも、就職したてのころはJブレス一本槍でした。
安月給をきにせずトラッドスーツを着てましたけど。。
今はてらてらです。


>青い鳥さん
がんばってもがんばっても報われない時がサラリーマンにはあって、そんなときそういうマイナスの雰囲気につかっちゃうとそこからかえって抜けられないということがあると思います。

>金四郎様
そうですね。昔のおやじは大抵いい意味では使われないけど、今よりは輝いていたかもね。
by haru (2007-10-11 16:45) 

むらさき

落ち込んでどうしようもない時ちょっとおしゃれを
して街に出ると背筋がしゃんとして天も高く
感じた昔を思いました。
by むらさき (2007-10-11 21:23) 

一話完結の短編 いいお話です。
どこにも、誰にでもあるような 人生の一コマを見ているようでしたね。
ラストに明るい明日が見えてホッとしました。
多かれ少なかれ持ち合わせてるのかもしれませんね。
by (2007-10-12 07:53) 

haru

>むらさきさん
人間は自分に活を時々入れないとつい、そのばしのぎの連続になってしまい、そのために身だしなみを整えるという言葉があるのだと思います。
凛とした気持ちにときどき引き締めることはとっても大切だと思います。

>風子さん
ちょっとした気持ちの切替ですっと心が楽になったり、やり直しがやりやすくなることってありますよね。
by haru (2007-10-12 16:00) 

きまじめさん

読ませていただいて、途中 切なくなりました。
私の父は、労働階級の人でしたが、出かけるときはしゃきっと
仕立ての良いスーツを着ていました。主人公の父親と同じ考え方でした。
わが息子は、ホワイトカラーなのにてらてらの背広で、
中身で勝負なんてバカなことを行っています。困ったものです。
by きまじめさん (2007-10-12 21:21) 

かよりん

明日も頑張ろう!って元気をもらいました。
by かよりん (2007-10-12 22:55) 

masugi

いつもながら素晴らしいです。いつか短編集で
出版してください♪
by masugi (2007-10-20 16:19) 

こんばんは^^
人間見かけじゃないけれど、やはりどうしようもなく切ないね・・・
素晴らしい文章ですよ。
by (2007-10-23 20:44) 

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