鯉のぼり [ショートストーリー]
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以下はフィクションですが、ある実話を参考に書いてみました。
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俺はこの病院の介護職として勤めるようになって、少し変わったのかも知れないとこの頃思うよ。
普段は病院の会議でも滅多に発言などしない俺が「ちょっといいですか。」と言って発言を求めた。そりゃあ、皆驚いた顔をしたよ。だって、自分でも驚いたくらいだからね。
「おっ、珍しいねぇ。どうしたの?」そう管理部長が言う。
「あっ、あのう・・。ホールに鯉のぼりを飾っていいかなぁと思って・・。」
またまた、皆びっくりだよ。突然、鯉のぼりだもんねぇ。自分でもまたまたびっくりだよ。
「何でまた、鯉のぼりを飾りたいの?」まぁ、管理部長にも立場があるから、こんな突然な発言は迷惑だよなぁ。
「源さんが、元気ないし、他の人達も元気ないんで・・・。鯉のぼりは、この前実家に帰った時あったんで持ってきたんで・・。」
我ながら脈路ないよなぁと思って周りをみたら、そりゃあ全員キョトンとしていて、一瞬こりゃあダメだと思ったよ。
「いんじゃないか。君の考えているとおり飾ってごらん。」
なんと、いつも怖くて怒りっぽい院長がそう言ってくれたよ。
「ありがとうございます。」内心嬉しいよりも、ホッとしたねぇ。
俺の担当している病室の源さんは最近、益々元気が無くなってきた。そりゃあ年齢が年齢だから、どんどん元気になるってことはないのだろうけどね。俺は何故か源さんが気になっていて、この前実家に帰った時、滅多に家では職場の話なんかしないのに、食卓で何気なく源さんの話をした。そしたら、親父が突然に思いついたように物置に走って、鯉のぼりの箱を持ってきて「こいつを上げて見せてやったらどうだ」なんて言い出す始末。訳がわからず、最近は余り話もしない親父に理由を聞いた。この鯉のぼりは、俺のじいさんが俺の初節句に買って田舎の道東の町から送ってきたものらしい。あまり子供好きでは無いと思われたじいさんが突然、鯉のぼりを買って送って来たので親父も当時驚いたみたいだ。庭にポールを立てて泳がせてみたらしいが、鯉のぼりが大きすぎて隣の家の窓を尻尾が叩くので上げるのをあきらめたらしい。じいさんはそれから俺の家に来ることなんて無かったけど、節句が近づくと「鯉のぼりは上げたか。」という電話をかけて来たということだ。親父はつい上げているという嘘をずっとついていたらしい。
やがてじいさんも年を取り認知症にかかり、施設に入って一昨亡くなっいるのだけど、親父は源さんの話を聞いて鯉のぼりのことを思い出したらしい。20年以上、物置に置かれた鯉のぼりをどこか心の隅で申し訳なく思ってたんだろうなぁ。いつもはあまり会話の無い親父がその時はやけに寂しそうに見えて、俺はとりあえず鯉のぼりを持って来たって訳だよ。
ホールで鯉のぼりを箱から出してみる。こりゃあたまげた・・・。5mはある黒い鯉が出てきた。親父が言ってたけど、道東の町ではとにかく土地が広いので鯉のぼりの大きさを皆競っていたんだってさぁ。それにしても「お母さん鯉」でもそこそこの大きさだよ。同僚と3人で感嘆の声を上げながらホールに鯉のぼりを飾ったよ。じいさん、あんまりしゃべらなかったけど俺が生まれた事相当喜んでいたんだよなぁ。期待の初孫、しかも男の子ってやつだよ。毎日オムツ交換や入浴介助や食事補助の毎日がちょっといやになってたけど、俺、もっとがんばんなきゃなんないなぁこりゃあ。なんてことを考えて、2時間もかかってようやく鯉のぼりを飾り終えた。本当は青空の中を風をたくさん飲み込んで泳ぎたかったかも知れないけど、それなりに鯉のぼりだってうれしそうだし、何より立派だよ。
源さんを車椅子に載せてホールにつれてきた。
「源さん、見えるかい。鯉のぼりだよ。とっても大きな鯉のぼりだよ。」
かがんで耳元でそう話してやると、源さんが眼をしっかり開けて車椅子から鯉のぼりを見上げた。今の源さんには目いっぱいの運動だよ。そしてじっと見つめている。ホールに泳ぐ鯉のぼりを見つめている。
「源さん、わかるかい。」そう言うと源さんは少し、ほんの少しだけど頷いた様子だ。
「じいちゃん、ありがとうよ。」思わず俺はそう言った。なんだか源さんがじいさんに見えたからだ。
源さんのじいさんは、聞こえたのか聞こえないのか、じっとじっと鯉のぼりを見つめていたよ。
そしてホールに泳ぐ鯉のぼりは、今日から俺のシンボルだ。鯉にしがみつく金太郎を見ろよ!!
これは見事なこいのぼり。大きなこいのぼりを見ると、親戚や家族が男子誕生をよろこんでいるんだな、って思います。
最近、大きなものは、みませんね。
by pistacci (2008-05-01 23:52)
実写?じゃないですよね??\(^o^)/
by Kimball (2008-05-02 08:14)
施設のホールに泳ぐ鯉のぼり、
そこに集う方達に季節感と昔の楽しい記憶をよみがえらせてくれると思います。
父は「こどもの日だから」と言って、私の為にも大きな鯉のぼりをあげてくれたものでした。
有難い事でした。
いつもいいお話を有難うございます。
by 青い鳥 (2008-05-03 16:56)
お見事!
昔から受け継がれてきたもの、大切にしていきたいですね。
by かよりん (2008-05-04 23:18)
>pistacciさん
北海道の東の方では今でも農家などでは大きさを競っているみたいです。今回里帰りしてこのクラスの鯉のぼりがたくさん空を泳いでいるのを見ました。
>Kimballさん
正真正銘の5m鯉のぼりですよ。
>青い鳥さん
施設に泳ぐ鯉のぼりはその施設を守る人たちの心のよりどころでもあり、勤務条件の悪さを尻目にプライドをもって仕事をするシンボルみたいでした。
>かよりんさん
そうですね。昔から人の気持ちと受け継ぐものを大切にする考えは大切だと思います。
by haru (2008-05-05 20:11)
こんにちは^^
良いお話で、ついほろりと~
by mimimomo (2008-05-07 13:30)
こいのぼりの上に金太郎がしがみついているのですね。
by katsura (2008-05-07 19:38)